月色ユーカリプタス

魂をみる私の世界

魂を救うってなんだろう。魂を霊視観察してみた話

巷には魂を救うという言葉があるそうなので、魂を霊視観察してみたことを書いていこうと思います。

 

魂というのは白い光の玉です。私が視た神様と光の強さ大きさは違いましたが同じ形でした。その周りに白い光と青い光の層があり、さらにその周りには生まれ持った個性、オーラがあります。そして瞬間瞬間に変わっていくオーラをファッションでいうアクセントとしてさらに纏っています。

こんな感じで魂は層になって存在しています。

 

私が視る魂は不思議な動きをしています。

アクセスしたときは向こうも同時に気付くのですが、私に興味を持ってくれる魂はふわっと飛んできて私と接触してきます。気にも留めない魂は、ふわっとシャボン玉みたいに浮かんでいるかと思ったら、ぱっと消え、また姿を表すものや、アニメのスローモーションで残像が残りながら動くようなタイプもいました。魂を視ているとその動きはどこか既視感があり、どことなく原子やミクロの世界の動きに似ているなと思うことがあります。

 

霊というのはこの世の感情がそれなりにまだ付いている状態なのですが、種の中の仁のように普遍的な感情とその人の個性を残したものが魂なので魂を視るということは霊があーだこーだ成仏がとか一切関係ない状態になります。

つまり魂は神界にいながら何を感じて学んでいるのかを受け取っている存在ということです。

 

なので私としては巷でいわれている魂を救うという表現は、未成仏の霊体を救うという風に直すとしっくりきました。

未成仏霊というのは感情が外れていないのでいつまでも思い残しや重たい感情に振り回されています。辛い、許せない、心配だこんな感情です。

重たい感情を外してあげれば軽い感情を残してその瞬間から成仏移行に入ります。あのときは苦しかったけど為になる体験だった、楽しかったなぁとかみんなで頑張るんだよと満たされた状態になり、お世話してくれる存在、いわゆるお迎えが現れます。

 

どちらかというと普段から死んだらもう会えないとか、辛いと考えるより、本来の存在に戻ると意識している方が、残された方やあの世に戻っていく方双方にいい影響を与えるかと思います。

 

そして、この世の見切りも早くなる分一人でも成仏できる態勢に入れるかと思います。お迎えもすぐに分かると思います。

 

話は戻りますが、魂を視るということはその人の魂レベルを直接視ることになります。古い魂や頑張って徳を積んできた魂は光が強めに出ていますし、敏感で繊細な方は未熟な感じで光が弱く視えます。

 

もっと霊視感覚を下げると感情が入ってくるので生前の姿なりが視えると思うのですが、今の私には出来ません😞振り切って魂まで視に行ってしまったのでアクセルコントロールを学ばなくてはいけないのが今の現状です。魂が視えたからといって視えるだけですし😅

 

実を言うと魂から視る世界は悪霊との見分けが難しいです。負の欠片がいくつか付いてるのは分かるのですが、憑かれてみないと分からないので困ることがあります。憑いたらどうなるかというと、負に汚染されつつ同化してこようとするので取り去るのが大変です。これを霊体から視たと想像してみるとひっくり返りそうになります😇

 

私の視た世界を観察して書きましたが、一つ書き忘れました。自死についてです。生まれてきた理由がやっぱりあります。だから死ぬという選択肢はできるだけ最後まで外してください。そして色んな体験をして一つ一つあなたらしく糧にしていってください。

行き止まりだと思っても見渡したらまだ手を付けてない魂の体験したかったことがあったりしますし、そのしんどさが後の魂の深みに昇華していったりします。

苦労して糧にした人は言わなくてもオーラに深みが出ていたりします。言わなくても分かるんですよ。

 

もっともっと広い視野を持ってこの世を渡れたらいいなと思います。